けもの4匹ゆるゆる生活+one
大分県は中津市☆癒しと雑貨、エネルギーアクセのお店店主natsuの日常。。


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小さな小さなお店を営む店主natsuと旦那さまtono、2匹のチワワの小さな小さな生活のあれこれです。



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2013.06.30  案の定。 <<23:47


染み入り、ココロがジュワッとなり、
泣きましたね。

木皿さんの小説が出ると知り、読める日を楽しみにし、大切に読みました。

奇想天外な事や、ハラハラドキドキなんてソウソウ無い、繰り返される毎日の、生々しく生きる大切な日々の切りとり。

冒頭から、泣きました(笑)

歳のせいなのか、木皿さんのせいなのか、もはや分かりません。

セリフを一語一句覚えてると言っても過言ではない「すいか」を流石にもう泣かないだろ、とこの夏も泣きながら観ました。

あんな風に誰かに言ってもらわなきゃ、見せてもらわなきゃ、フォーカスする事の無い毎日は、もう帰らない毎日で、カッコ悪く生々しい素晴らしい毎日で、自分や、みんなは他の誰でも無い唯一無二の存在だって、気にも止めず過ごしてしまう。
明日は誰にでも平等に、当たり前にやってくるなんて思い違いをしながら…。

もったいない事だ。

自分の事も、誰かの事も、時間も、ゴハンも、草も、野良猫も、みんな愛おしく味わいながら、ダサかったり、楽しかったり、悔しかったり、ダラしなかったり、ホンワカしたり、頑張ったり、頑張らなかったりしながら、じっくりとありのままに今を生きようと、
ジンワリと思う、そんな1冊です。

No.59 / つれづれ / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

2013.06.22  何でもかんでも。 <<13:53


アスパルテームが入ってる。

ちょっと飲み物やオヤツを買おうと思っても、なかなか普通のお砂糖のが無いの。
ガムで我慢するか…のガムがアスパルテームよ!


いいの。
甘いモンが食べたいんだから、砂糖で。
ハチミツで。
メープルシロップで。
太る事は、その時はひとまず置いてるの。

アスパルテーム入りは、アスパルテームの味がして、何時までもとれないのよね~。

事情がある方もいらっしゃるだろうから、アスパルテームも有りだとは思うけど、いくらなんでも入り過ぎ。

今や砂糖のヤツを買うのは、ひと苦労よ。

手軽にオヤツを買えないって、まあ、考えようによってはいい事か。

うぅっ(T_T)

No.58 / 食べ物 / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

2013.06.17  まだ慣れてないだけ~。 <<22:04


「昔は良かったな~」

とは思わない。

時代は変わっていくのが当たり前でジワジワと、その時代の「スタンダード」が来てはまた去っていくもの。

私が子供の頃は、21時と言えば立派な「夜」で、見たくてたまらない「花王名人劇場」は、トイレに行くふりをして、チラ見する他なかったし、他所様に電話をかけるのも憚られた時刻だ。
今は、子供部屋に当然テレビがあるし、テレビよりネットが好まれてるし、24時を過ぎてもお店に子供がいるし、こんな田舎でさえ、「真っ暗な夜」はない。

とある飲食店で、4人家族はそれぞれの携帯に向かっている。
会話は、ない。
注文も携帯を見たままだし、親父様は食べる時も携帯を見たままだ。

家族の会話がSNS上で行われ、小学生がメイクをし、それを親が微笑ましく語り、アナウンサーさえまともに喋れず、退職願はラインで送られてくる。

これは、流石に行き過ぎた「今」だろうが、こうした風景は現在の「スタンダード」になりつつある。
そう言えば、昔の親父様は新聞から目を離さないってのもあったな。
なんか、今のそれとは様子が少し違うかもしれないが…。

身体という入れ物だけが建物という入れ物だけを共有し、「中身」はいわゆるバーチャル的な世界で、それぞれの世界を楽しむ時代。
コミュニケーションそのものが、ジワリとその姿を変えている。

嫌でもかた寄せあい、今日の出来事を話し、チャンネルを取り合った「お茶の間」は、もはや遠く過ぎ去った過去の空間。

ま、私の幼少期は一般的な家庭とは様子が違っていたので、そもそも経験薄ですがね。

「今」は変わってゆく。
「人」もまた変わってゆく。

正解なんて分からないし、正解なんてきっと無い。

ただ、「慣れない事」もある。
何が何でも昔にしがみつく訳ではないのだ。
冒頭にも書いたように、昔が良かったのではない。そういう時代だっただけの事。
何しろこうして、紙以外に文を書くし、ひっそりと引き出しにしまっていた日記を世界に発信するし、空間をこえて話もする。

ダイブ、乗れてきてはいる「今」ではあるが、慣れきれないまま、この瞬間もジワジワと「今」はその姿を変えていく。

良くも悪くも、未来の私もまた、乗りきれてはいないのは確かだ。

No.57 / つれづれ / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

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